令和の米騒動から考える、これからの米づくりと生産基盤
2024年夏、スーパーの米売場で品薄や購入制限が相次ぎました。さらに、その後も米価の上昇が続き、米の安定供給は消費者だけでなく、生産者、流通事業者、行政にとっても大きな課題となりました。
この一連の動きは、一般に「令和の米騒動」と呼ばれました。しかし、ここから得るべき教訓は、「不足した分だけ増産すればよい」という単純なものではありません。
必要なのは、生産量だけを見ることではなく、需要をどのように見通すか、必要な量を誰が生産するか、収穫した米がどこにあり、どのように消費者へ届くかまでを一体で考えることです。
本記事では、令和の米騒動で何が起きたのかを整理した上で、安定供給を支えるために、生産現場と支援事業者が何を準備すべきかを考えます。
1.令和の米騒動は、複数の歯車が同時にずれた結果だった
2024年の品薄は、一つの原因だけで起きたものではありません。
2023年産米では、猛暑等による品質低下が発生し、玄米から精米にする際の歩留まりにも影響が生じたとされる。また、当初の需要見通しを実際の需要が上回り、民間在庫が減少しました。2024年8月には南海トラフ地震臨時情報の発表等を受けて不安が高まり、家庭での購入増加も店頭の品薄を強めました。政府は、需要見通しと実績に乖離が生じたことや、流通実態の把握と情報発信が十分ではなかったことを、その後の2025年度版農業白書で課題として整理しています。
言い換えれば、令和の米騒動は、
- 生産段階で、想定どおりの量と品質を確保できなかった
- 需要段階で、実際の消費が見通しを上回った
- 流通段階で、どこにどれだけ米があるかを迅速に把握しにくかった
- 情報段階で、消費者の不安を抑える説明が十分に届かなかった
という複数の要因が重なった結果と考えられます。
ここで重要なのは、統計上の生産量が確保されていることと、必要な時期に必要な場所へ米が届くことは同じではないという点にあります。生産、在庫、精米、流通、店頭販売のどこか一つでも目詰まりすれば、消費者にとっては「米がない」という状態になるのです。

2.確認すべきは「今年の収穫量」だけではない
需給が逼迫したとき、「翌年に増産すれば解決する」と考えたくなる側面もあります。しかし、稲作では作付け面積を増やすだけで生産量を安定的に増やせるわけではありません。
作付けを増やすには、農地だけでなく、作業を担う人、農業機械、育苗・乾燥・調製施設、水管理、資材、収穫期の作業時間を確保する必要があります。特に田植えや収穫などの作業が短期間に集中する稲作では、一部の工程が上限に達すると、それ以上の面積を引き受けることが難しくなります。
その基盤を支える農業者は減少しています。基幹的農業従事者は2000年の240万人から2024年には111万4千人まで減少し、約20年間で半数以下となりました。2024年時点の平均年齢は69.2歳で、65歳以上が全体の71.7%を占め、農業経営体数も2024年には88万3千経営体となり、前年から5.0%減少しています。
したがって、将来の安定供給を考える際には、単年度の収穫量に加えて、少なくとも次の点を確認する必要があります。
【生産能力を確認する5つの視点】
作付余力
利用できる農地があっても、実際に管理できる人と機械が確保されているか。
繁忙期の作業能力
播種、田植え、防除、収穫、乾燥・調製の各工程に処理能力の上限がないか。
人材と技術の継承
ベテラン農業者の判断や作業ノウハウを、次の担い手へ移せる状態になっているか。
経営としての継続性
生産量を増やしても、生産者が必要な利益を確保できる設計になっているか。
需要・在庫情報との接続
何を、いつまでに、どれだけ作るべきかを判断できる情報があるか。
つまり、本質的な課題は「米が一時的に足りなかったこと」だけではなく、需要変動や異常気象が起きた際に、生産と流通を調整できる余力が小さくなっていることにあります。

3.食料安全保障とは、「とにかく増産すること」ではない
2024年6月に施行された改正食料・農業・農村基本法では、食料安全保障が基本理念の中心に位置付けられました。
同法における食料安全保障とは、単に国内に食料が存在することではなく、「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、国民一人一人がこれを入手できる状態」を指しています。国内生産の増大を基本としながら、輸入と備蓄を適切に組み合わせること、生産基盤や食品産業の事業基盤を確保すること、持続的な供給に必要な合理的費用を価格形成で考慮することも位置付けられています。
この考え方に立てば、食料安全保障の強化は「生産量を最大化する施策」ではありません。
重要なのは、
- 必要な食料を継続して生産できる
- 生産者の経営が成り立つ
- 気象や需要の変化に対応できる
- 流通・在庫の状況を把握できる
- 消費者が合理的な価格で購入できる
という状態を維持することだと考えられます。
価格を下げることだけを優先し、生産者が再投資できなくなれば、将来の供給能力は低下します。一方で、生産コストや流通構造が見えないまま価格だけが上昇すれば、消費者の理解は得にくいものです。
だからこそ、生産性向上と適正な価格形成を同時に進める必要があるのです。
4.スマート農業は、機械を入れることではなく、生産方式を変えること
担い手が減少する中で、生産力を維持する手段の一つがスマート農業です。
自動操舵農機、ドローン、センシング、営農管理システムなどを活用すれば、作業時間の短縮、身体的負担の軽減、作業記録の蓄積、複数圃場の管理高度化などが期待できます。
ただし、技術を導入しただけで同じ効果が得られるわけではありません。
例えば、大型農機を導入しても、圃場が分散していれば移動時間が増える。センシングデータを収集しても、施肥や水管理の判断に反映されなければ経営改善にはつながらない。自動化技術を導入しても、前後の作業工程が従来のままであれば、別の工程がボトルネックになる可能性があります。
2024年10月に施行されたスマート農業技術活用促進法も、スマート農業技術の導入だけでなく、技術の効果を十分に発揮させるための「新たな生産方式」の導入を一体として進める考え方を採用しています。農業者向けの生産方式革新実施計画と、事業者向けの開発供給実施計画という二つの認定制度が設けられています。
スマート農業は目的ではありません。限られた人員でも生産を継続し、生産者が再投資できる経営をつくるための手段なのです。
5.実証で確認すべきなのは、「できたか」ではなく「続けられるか」
新たな栽培技術やスマート農業の実証では、「栽培に成功した」「作業時間が短縮した」という結果が注目されやすい傾向にあります。しかし、社会実装を判断するには、それだけでは不十分です。
最低限、次の4つの数字をそろえる必要があると考えられます。
① 生産性
10a当たりの作業時間、作業人数、機械稼働時間などを記録し、どの工程がどれだけ変わったかを比較する。
② 収量・品質
10a当たりの収量だけでなく、等級、精米歩留まり、食味、販売可能量まで確認する。収穫量が同じでも、販売できる量が減れば経営上の効果は異なる。
③ コスト
種苗、肥料、農薬、水管理、燃料、外部委託費、減価償却費などを含め、従来方式との違いを確認する。「投入資材が減った」ことと「生産原価が下がった」ことは分けて評価する必要がある。
④ 所得・継続性
売上から生産コストを差し引き、所得がどの程度改善したかを検証する。技術の習熟、保守費用、機械更新、気象条件の違いも踏まえ、翌年以降も続けられるかを判断する。
これらを記録しなければ、実証結果を他地域へ展開できない。反対に、条件と結果を整理できれば、「誰が、どの規模で、どの条件なら使える技術なのか」を示せるようになる。
6.Omusubi TecHが目指すのは、実証を経営モデルへ変えること
Omusubi TecHは、「生産者が儲かる一次産業」の実現を掲げ、生産現場におけるデータ取得、実証設計、農業DX、関係者間の連携支援に取り組んでいます。
現在プライマルグループで関与している「生産力強化に向けた稲作経営モデルの確立」においても、節水型乾田直播や再生二期作を無条件に推奨するのではなく、営農データと経営データを収集し、適用条件と効果を検証することが重要です。
特に節水型乾田直播は、すでに確立・普及している一般的な乾田直播と区別し、現段階では検証中の技術として扱う必要があることが、事業関係者間でも確認されています。
Omusubi TecHが担うべき役割は、技術を紹介して終わることではありません。
- 生産者が無理なく記録できるデータ項目を設計する
- 従来方式との比較条件をそろえる
- 収量だけでなく、作業時間、原価、品質、所得を分析する
- 生産者、研究機関、技術事業者、行政の認識をつなぐ
- 実証結果から、継続可能な経営モデルを組み立てる
こうした支援を通じて、個別の実証を「他の生産者が導入判断に使える情報」へ変えていくのです。
まとめ.次の米騒動を防ぐために、いま確認すべきこと
令和の米騒動が示したのは、米の安定供給が、収穫量だけでは決まらないという事実です。需要予測、生産者数、繁忙期の作業能力、精米歩留まり、在庫、物流、価格形成、消費者への情報発信までがつながって、初めて米は安定的に食卓へ届きます。
次の混乱を防ぐために、生産者や支援事業者が確認すべきことは明確です。
【生産者や支援事業者がまず確認すべきこと】
- どの工程が、生産拡大の上限になっているか
- 技術導入で、本当に作業時間と原価が下がるか
- 収量だけでなく、所得が増えるか
- 熟練者の判断をデータとして残せるか
- 需要と在庫の変化を早期に把握できるか
- 翌年以降も同じ方法を続けられるか
食料安全保障を支えるのは、備蓄や緊急対応だけではありません。平時から、生産者が利益を確保し、農業を続け、設備や人材へ再投資できる状態をつくることが基盤となります。
「生産者が儲かる一次産業」は、企業の理念にとどまらない。日本の食料供給を持続させるための、具体的な条件なのです。